博多祇園山笠 千代流

千代流とは
ABOUT CHIYONAGARE

 

 千代流は、博多祇園山笠を構成・参加する流(ながれ)の一つであり、福岡市博多区を流れる御笠川東岸の千代地区が流の区域となります。
 千代一丁目(一区、眞砂町、三区、六区、七区)から始まり、二丁目(三区)、三丁目(一区、大学通住宅、新博多、大津町、六区、千代田住宅、八区)、四丁目(三区、四区、六区、旭小路)、五丁目(シャルマンコーポ博多、美和住宅、千代東住宅、千代団地、六区)、六丁目(東浜住宅)、六髙住宅の二十四カ町に千代小・中学校の二校を加えて構成しており、参加者も全流中最多を誇ると言われ
ます。また、流全体で運営委員会を組織し、運営委員会の決定事項に沿って流全体の山笠運営を行っています。
 なお、流の総務はその年の当番町から選出され決定します。
 流の歴史は戦後に始まり、昭和23年、前身の恵比須市千代校区として参加。大津流などを経て昭和25(1950)年から正式に千代流として博多祇園山笠振興期成会に加わり、以来70年以上の歴史を重ね、博多祇園山笠振興会会長を輩出するなど、博多における存在感を高めているところです。
 多数の参加を誇り、舁き手等の交代も激しい事から「荒ぶる舁き山笠」とも称され、当番法被、水法被ともに「千代」の二文字で染め抜き統一。舁き山笠を中心として、子どもから大人まで一体感のある走り、動き、息づかいなど
集団の魅せる美しさを是非ご覧ください。

 

 

千代流 運営委員会とは

 博多祇園山笠の伝統継承並びに次世代への継承を願うとともに、博多祇園山笠千代流の発展と振興を目的として、昭和25(1950)年に当時の若手により結成され、現在では国重要無形民俗文化財に指定、ユネスコ無形文化遺産に登録された博多祇園山笠に相応しい品格を堅持することも目的の一つに加え、山笠運営に邁進しております。
 運営委員会の委員は、流全体の中から運営委員会において選出し、当番町の選考、追善山笠実施の可否やその他山笠運営に必要な重要事項を決定しております。
 現在、令和7年1月1日より第七代委員長を岡本 達也が務めさせていただいております。

 

 

千代流運営委員会 委員長挨拶

 この度は、私ども千代流運営委員会が管理・運営しております「千代流公式ホームページ」をご覧いただき誠にありがとうございます。
 早いもので昭和25(1950)年に創設した千代流にあり、当時の若手を中心に結成された友輪会を母体として、昭和52(1977)年、正式に千代流運営委員会が誕生し、50年という月日を重ねて来ることが出来ました。
 初代 梅津 忠吉委員長の頃、まだまだ血気盛んな参加者が多くおられた当時の千代流を、若手を中心に結成された運営委員会が、一つ一つ各町へ説明を行い、意見をまとめられ千代流の進むべき方向に導かれた事がどれだけ困難であったか、そのご苦労は容易に推察できます。
 私自身、この運営委員会の象徴でもある紫の襷に憧れを抱き、自身の町内をはじめ流の中において切磋琢磨することで運営委員会委員に選出いただき、令和7(2025)年1月より千代流運営委員会 第七代委員長を拝命するに至りました。これまでの歴代委員長ををはじめ運営委員会に在籍されておられた先輩方が残してこられた数々のご功績、又、運営委員会委員としての絶対的な風格等に圧倒されながらもこの重責を担い、委員長として迎えた令和7年の山笠行事を無事、滞りなく終える事が出来ました。これも偏に、当番町はじめ各町参加者の皆様方、参加者を陰で支えてくださるパートナーやご家族、そして地域住民・団体、企業、関係団体など千代流を愛し、応援してくださるたくさんの方々のご理解とご協力の賜物と、この場をお借りし厚くお礼申し上げます。
 今後も、運営委員会が一枚岩となり、山笠参加者をはじめとする多くの方々の思いや期待に応えるべく、千代流の向かうべき方向をしっかりと見定め、博多祇園山笠の大義に反することなく柔軟かつ大胆に千代流の舵を取らせていただきますので、今後とも私ども千代流運営委員会に対し、末永いお力添えをいただきますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
 最後に、この度は本公式ホームページの開設に当たり、多方面から賜りましたご協賛に対しまして、重ねてお礼申し上げます。

 

博多祇園山笠 千代流運営委員会 第七代委員長 岡本 達也